ワタクシ的美術史 アパレル時代

長らく空いてましたが、ワタクシ的美術史3回目はアパレル時代へと突入いたします。
前回分まではこちらをクリック 第一話第二話

大学卒業後、服屋の内装を作り、そのままそこの店員へ。
アートをどうお金に結びつけるか?どう発表していくのか?全く考えてなかったので、流れのままに。
まあ、そのころの美術界も何だか意味がさっぱりわからない作品だったり、
ギャラリーに認められないといかん風潮もあり、
アート好きのお客さんとも仲良くなりたい要素もなく、自然と心が離れていったのです。

90年代はグラフィックソフトの進歩が凄まじく、
日本画、油絵、彫刻科でオシャレな人はみんなデザイナーになって行きました。
そう、90年代はデサインが凄まじく発展したのです。

そして文化の中心も東京、TOKYO CITYに。
同級生で仲がいい子はみんな東京に行ってしまいました。
面白い雑誌も次々創刊。CDジャケットデザインやPVもかっこいい物が沢山ありました。
伊藤桂司、立花ハジメ、グルーヴビジョン、イルドーザー、生意気、、、いっぱいありすぎて今思い出した事しか上げれませんが、、、
同世代から上の人達も私と同じで80年代の映画やPVを見て育ったのではないでしょうか?
それが実現できる面白さ、わくわくした感じが東京中に広がっていたような気がします。
womb 、LIQUIDROOM、YELLOW, AIR....
クラブも、音響、照明、VJのクオリティーが半端無く、アートよりも壮大で新鮮で新しい体験をさせてくれたのです。

私も買い付けの出張で毎月東京に進んで行き、友人が働いていた恵比寿のパイド・パイパーでハイパーな人や音楽に囲まれました。
裏原ブランドも全盛期。友人も次々とデザイナーとして名をはせていきました。

友人達のデザインの特徴はちょっと尖ってハイセンス、わかりやすい、
音楽とアートが通じているデザイン。
井口弘史くんなんかその一人。彼の作品は予備校時代から知ってますが,デザインらしいデザインではない。昔見た何かの記憶にぐぐっときます。

そういうデザインを受け入れ、商品にして行く力が東京にあったのです。
名古屋では考えられないアイデアの寛容さ。
これは派閥や狭い美術業界で発表なんかやってる場合じゃない。
デザインおもしろー!となってもしょうがない。

ハイブランドのファッションショーの演出も凄かったです。いつもテレビの流行通信に釘付けで、シャネルやディオール、ルイヴィトンの演出に感嘆したのでした。めっちゃ高い生地で外に着ていけないような服を作るだけありますね。ぶっ飛んでます。
しかし、色とモデルはものすごく美しい。美しさと過激さ、創造と破壊です。
みなさんもyoutubeなどで機会があればぜひ見て下さい。

海外ではイギリスのダミアンハーストが出てきました。
切断された牛のホルマリン浸けで有名な作家です。サメのホルマリン浸け、13億です。。
これぐらい物議をかもしださないと衝撃をうけないぐらい、世の中はおもしろいことで溢れかえってきたのでした。
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私も覚えているのはこれぐらい。。。
美術なんで忘れるぐらい、デザイン、ファッション、音楽が面白かった90年代アパレル時代でした。

つづく〜
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by maigorock | 2014-07-26 12:40 | artについて | Trackback | Comments(0)
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